疎外。
マルクスが言っている疎外とはちょっと違うけど、物事の元々のあり方とずれを感じられたときに、疎外感を抱えているといえるだろう。

自分に対する疎外。生活に対する疎外。そして、恋愛に対する疎外。

ありのまま自分とはずれているような気がする。
今生きているのは一体誰なんだろう?
でも、そもそも「ありのままの自分」とはなにか、そういうことさえ分からない。
分かるはずもない。

ありのままの自分を受け入れてくれる人はどこにいるんだろう?
そもそも、ありのままの自分を見たことのある人は極めて少ない。
私にとって、人の前では、ありのままの自分じゃいられないからだ。
少しでも伝えようとしたけど、うまくいかなかった。
その人とはわりとうまくいってたのに、何で今回はだめになったの?
自分の価値が完全に否定されたことに気づき、今まで歩んできたありのままの自分が一瞬崩れてしまった。

そして、元に戻ることができなかった。

どうして、どうして私じゃダメなの?


何回も何回も心の奥で大声で叫んでたけど、答えはどこにもない。
あるはずもない。

自分の価値を失って、再構築もできなくなった。
もうなんにもできない。ただ無力な自分を見つめているしかできない。
そして、恋愛もできない。諦めるしかない。
自分のことを愛すること、自分さえできないから、私の代わりに愛してくれる人はそもそも存在しない。
いずれ別れてしまう。愛することと愛されることのバランスがいずれ崩れてしまう。
そもそも理想的な恋愛って、私にはできない。


「再び出会えるなら、一から私を見初めてほしい」
だけど、私はもう空っぽくなってしまったから、あなたにはなんにも見えてこないだろう。

自分さえ見えてこないもの。

疎外。疎外。疎外。

私の身体には、それしか何にもない。
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創作者 六瀨 的頭像
六瀨

相葉贔屓。あいさく/櫻葉クラスタ。

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